話しの種のテーブル  

No.115

私と虫シリーズ 3
私とハエ
笹川満廣
 九州大学近くのホウレンソウ栽培地(福岡市箱崎)では、アカザモグリハナバエによる被害が漸増傾向にあった1947年、恩師 安松京三先生から卒業論文のテーマとして本種の防除法の検討が与えられた。本種は路傍のアカザ科雑草を寄主とする生活から広面積に栽培されつつあった洋種ホウレンソウへの寄主転換・定着する戦略(害虫化)をとっていたのである。幼虫が葉肉内にもぐって食害するため、当時目新しかった塩素系殺虫剤散布による防除効果がみられなかったから、農耕的防除法について考究せざるを得なかった。まず、成虫の産卵飛来を防ぐ目的で、元寇石塁址に沿う畑で播種期を変えたり、いろいろな高さのムギわら製の垣根をめぐらしたりしたが、あいにく種子がすべて野鳥の餌食になってしまい、史実の神風とは無縁の結末に終わった。そこで、大学構内の狭小地での播種やポット栽培で実験をやり直した結果、洋種ホウレンソウ栽培には播種期変更による産卵回避か、まったく産卵しない日本種(阻害物質の存否は未知)の栽培が有効であることがわかった(安松と共著、1953、九大農紀要10)
 幼虫が葉にもぐるというハエの生態を初めて知ったのち、帰省した自宅の庭に栽植されていたゲンノショウコ(薬草)潜葉種の発見を端緒として、イネ・キク科をはじめいろいろな植物につくハモグリバエを採集しはじめた。当時、農業技術研究所の加藤静夫博士はダイズの潜葉・茎種を研究しておられたし、本科分類の先覚者Hering(ドイツ)やFrost(北米)両博士からも有益な助言を得ることができ、1960-61年には日本産145種のハモグリバエの分類と生態をまとめあげることができた(Pacific Insects 3ほか;現在は248種)。本科の分類には成虫のみならず幼虫や蛹の形態、寄主植物と潜孔形式などの特徴把握が不可欠であるが、従来採用されてきた雄生殖器の種的特徴に加えて雌生殖器のそれを新たに採用した。寄主がシダ植物から被子植物イネ科まで(裸子植物は未知)、さらに潜孔部位が葉から木部に及ぶほか、雌成虫が産卵に先立って植物組織内に産卵管を挿入してにじみ出る汁液をなめて寄主の適否を確認する摂食行動があることから、産卵管構造に属・種的特異性がみられるのではないかと考えたからである。そのとき旧北区産既知種にはみられない日本固有の種群があって、新属 Japanagromyza を創設した。しかし、その後、東洋区や新熱帯区産の種を調べるようになってから、本属は熱帯起源の属であることが判明した。トキの学名 Nipponia nippon ほどの示威はないけれど、ひとり悦に入っている。
アカザモグリハナバエ幼虫
ランミモグリバエ成虫(写真:高井幹夫)
Japanagromyza tokunagai (Sasakawa)
 昆虫類のなかでも大きなグループである双翅目の分類学的研究は、残念ながら、わが国ではいまだに手が付けられていない科が多くあるように遅々たる現状である。そこで、微小なハモグリバエよりも大きくて、色彩豊かなハエ類にも色気を出すようになった。それらはキノコバエ上科、シマバエ・アブラコバエ・クチキバエ・ニセミギワバエ科などである。しかも日本産だけでなく、東洋区や新熱帯区(主としてカリフォルニア科学アカデミー所蔵)の種についても手を広げてきた。幸いにも今なお客員研究員であるビショップ博物館(ホノルル)には毎年訪れ、太平洋地域諸国からの興味深い多数の標本に接することに喜びを感じている。
 公立大学に奉職していたから、ハエ類の分類に明け暮れるわけにもいかず、放牧地に発生するアブ類の日周活動や3優占種の牛体上のすみわけ要因の解析ならびにアブ誘引捕獲器の創作(京都府の特許)、アカマツに穿孔するキイロコキクイムシのフェロモンや発音による攻撃・配偶行動や寄生密度調節機構、その天敵コマユバチの寄主探索・産卵行動の観察、鴨川に異常発生するトビケラ類の生態調査、国宝・重要文化財指定の社寺に巣食うヤマトシロアリ被害調査などにも専攻学生の協力を得ながら従事した。
 これまでの同定済みのハエ類標本(完模式標本を含む約2万点)はすべて大阪市立自然史博物館に移管したが、いまだに多数の未同定種が標本箱に眠っているから、顕微鏡を唯一の機器として自宅でその片付けに努めている昨今である。

笹川満廣(ささかわみつひろ)
1926年生まれ、京都府立大学名誉教授
専門領域:ハエ類の分類・生態
本人による近況:おかげさまで平穏無事。毎日ハエ類の検鏡、同定に精励中です。

本稿は応用昆虫、作物保護の第一人者の先生方による回顧録です。
『農業害虫大事典』の著者間の機関紙『害虫事典連絡会だより』に連載のものから、著者の了解をいただいて順次転載しています。内容的に、後輩に当たる研究者のかたがたはもちろん、昆虫愛好家のみなさんにも興味深い話ではないかと考え、ホームページ上で紹介させていただきました。
(編集部)
ページトップに戻る↑

No.114

身辺虫話 シリーズ 1―人と虫たち
ミールワームの話
梅谷献二
 食虫性の小動物を飼育する場合、動物園はもちろん、家庭のペットなどでも、その餌の昆虫を確保することは案外たいへんな作業である。
 そこで、これらの動物の飼料として、まとまった量の昆虫を常時飼育しておく必要が生じる。このような飼料用昆虫としての条件としては、1.飼育に手数がかからないこと、2.ある程度大きい昆虫であること、3.動物が好んで食べ、無毒なこと、4.代々飼い続けても増殖率が落ちないことなどが不可欠である。こうして、世界的にこの方面で大いに役立っているのがミールワームことチャイロコメノゴミムシダマシの幼虫である。
チャイロコメノゴミムシダマシ幼虫
(ミールワーム)
チャイロコメノゴミムシダマシ成虫
 確かにこの幼虫は上記の条件をすべてみたし、世界的に動物園やペット業者に多大の恩恵を与えている。人間との利害関係において完全な害虫は存在しないという証左ともいえよう。
(編集部注:図鑑の本編では貯穀の害虫としてチャイロコメノゴミムシダマシを掲載しています。)
 小さい飼育容器の中に簡単な餌を入れておくだけでかなりの数を常時確保できるが、生育期間が長い点だけはやや難点である。しかし、幼虫期間が長いことはいつでも幼虫を利用でき、餌替えの手数がかからないという利点もあろう。
 本稿は『原色図鑑 衛生害虫と衣食住の害虫』(全農教 発行)のコラムを、著者の了解をいただいて転載しております。同書は本来、衛生害虫関係の方にご利用いただくことを目的としたものですが、身近な図鑑としても広くご利用いただけると考えております。同書の中から魅力的なコラムのいくつかを、ホームページ上で紹介させていただきます。(編集部)
ページトップに戻る↑

No.113

電子顕微鏡シリーズ 24
鱗粉の謎─モンシロチョウ─
浅間 茂
 夏にはモンシロチョウが少なくなる。時期的に産卵するキャベツやダイコンなどの植物が少なくなることと関連があるのだろう。麦わら帽子をかぶって田んぼの脇を歩いていると、イヌガラシに産卵しているモンシロチョウを見かけた。産卵しているのだから雌である。雌は前翅の黒い部分が広がっているのだが、よく見ないと分からない。ところがチョウ同士は一目瞭然で見分けている。そう、紫外線の反射の違いである。雄は紫外線を吸収し、真っ黒であるのに対し、雌は紫外線を反射する。翅の表側だけでなく、裏側も同様である。
雄の紫外線写真 雌の紫外線写真
 電子顕微鏡で白い雄の翅の鱗粉を拡大して見ると、雄は格子状の中に楕円状の粒子が詰まっている。しかし雌にはその粒子が見られない。この粒子が紫外線を吸収するのだろう。では翅の黒い部分はどうなっているのだろうか。顕微鏡で見ると、黒い部分は黒い鱗粉が多い。黒い鱗粉がまばらなところは、翅の黒さが弱く灰色ぽっくなっている。それぞれ黒と白の鱗粉があるのだ。黒い鱗粉を電顕で拡大すると、雌雄いずれも格子状の構造だけで、粒子は見られない。黒い鱗粉内の黒い色素そのものが紫外線を吸収するのだろう。
 雄の白い鱗粉を見ていると、鱗粉の中に先端に毛が生えたような鱗粉がまばらに散らばっている。ちょうどその鱗粉がとれて、他の鱗粉の上に浮き上がった状態で全体象が観察できた。この鱗粉は発香鱗と呼ばれ、性フェロモンを分泌することが知られている。根元部分に当たる左上のちょうどスペードのような形をした部分でフェロモンをつくり、先端の毛のような部分から雌を魅惑するフェロモンを分泌するのだろう。
 チョウは体のすべてが鱗粉に被われており、鱗粉がない所は、複眼と脚先の爪、口吻くらいである。この鱗粉が捕食者に襲われた時や、水をはじいて体温維持ができるなどに役立ったり、種ごとの色彩を違え、発香鱗で匂いを放つものもある。この鱗粉は毛が変化した一個の細胞である。
雄の鱗粉の拡大 雌の鱗粉の拡大
雌の翅の黒い部分 雌の黒い鱗粉の拡大
雄の発香鱗 発香鱗の根元
ページトップに戻る↑