No.49  
電子顕微鏡シリーズ 13
水・泥を寄せ付けない秘密 −凹凸−
浅間 茂
 自然観察会の人気者カタツムリ。雨の日によく見かけるから泥が付いていないと思ったらすごい秘密が隠されていた。ゴキブリの方がもっと油光していてきれいだが、分泌液を出してピカピカにしている。逆に分泌物を出してわざわざ泥をつけているのはニイニイゼミの幼虫である。カタツムリは何も出さずにきれいな状態を保っている。表面がすべすべしているからだと思って電子顕微鏡で観察すると、表面はでこぼこしている。このでこぼこが、汚れの付かない仕組みとなっている。殻の材質は炭酸カルシウムでアラゴナイトとタンパク質の複合体であり、薄くても頑丈である。炭酸カルシウムは、結晶構造の違いから、六方晶系のカルサイト(方解石)と斜方晶系のアルゴナイト(アラレ石)という結晶多形に区別される。どちらの結晶形をとるかは生物種ごとに決まっているが、中には同一の個体内で場所により両方の結晶形をとる貝も知られている。カタツムリは撥水性(水をはじく性質)、親油性(油になじみやすい性質)を持っている。表面の凹凸により撥水効果が現れていると考えられている。泥水などの水性の汚れは、この撥水効果で十分である。ところが親油性であるカタツムリは、水中では油がつかないのである。これはカタツムリは濡れてさえいれば、油がつかないことを意味する。凸凹のタンパク質層が表面エネルギーを変化させていることによる。水とカタツムリの殻より、油とカタツムリの殻の表面エネルギーの差が大きければ水をかければ油は落ちてしまう。のんびりとしたカタツムリはハイテクノロジーを使って汚れを落としている。
 ハスやスイレンの葉の表面に水がつくと、広がることなく、丸く球形になり転がり落ちてしまう。これらの葉は凹凸があり、その突起は撥水性で、突起と突起の間の空気による浮力効果により、水滴と表面の接触面積はきわめて小さくなる。塵などが葉の表面にあれば、葉より水との親和性が高いため取り除かれてしまう。
 このようにカタツムリの殻をまねて汚れの付かないタイルやトイレ、ハスの葉をまねて、水滴が付かない窓ガラスなどがつくられている。
写真1. ヒダリマキマイマイと油 写真2. ヒダリマキマイマイの殻の表面
写真3.ミスジマイマイの殻の断面 写真4. ハスの葉の表面
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No.48  
「ガラパゴス」にはならなかった島

―その4.グローバリゼーション―

高橋敬一
 前回は島に人が移り住んだころのお話をしましたが、今回はこの島にさらに新しい別のタイプの人たちがやってきた現代のお話です。たとえばみなさんが住んでいる町に、ある日たくさんの外国人がやってきて好き勝手し放題を始め、なんだかよく分からないものを建てたり、じぶんたちだけで楽しんだり、わたしたちの生活を写真にとったり、彼らのものの見方でわたしたちを批判し始めたらどう思うでしょうか。たとえ彼らが「わたしたちはきみたちのことを思ってやっているんだよ。決して悪いようにはしないから」と約束しても、大きな不安や不愉快さに襲われることはまちがいありません。
 人間という生き物は自分が好きなように環境を変えても平気なくせに、他人によってもたらされる環境の変化をひどく恐れます。その変化が自分にとって不利をもたらすかもしれないからです。人間が初めて上陸したとき島に住んでいた生き物たちが受けたのと同じ脅威に、島の人びとはさらされ始めました。島へ入ってきた外国人がたとえ善意の人であっても、彼らが持つ価値観と島の人が持つ価値観とが異なるものであることを、強者である外国人は理解してはいません。そして島の人を彼らの価値観で判断してしまいます。
 島の人びとも、先進国の人たちが期待しているような「自然と共生する純朴な人びと」などでは決してありません。価値観こそ違うものの、人間ならだれもが持っている欲望を同じように持ち、外部からやってくる人間に主導権をにぎられたくないのと同時に、物質文明への強いあこがれも隠せません。島へ出稼ぎにきているフィリピン人を島の人たちが時に犬のように差別するのも、技術力はないが(援助によって)金は持っている島の人たちが、技術力はあるけれども金のない出稼ぎ労働者たちに対して持つ劣等感(不安)の裏返しであると言ってもいいでしょう。策略の限りを尽くしながら外部から金をむしりとり、それでいて外部による支配を極力排除しようとする島の人たちの姿勢は、人間の歴史のなかでこれまで多くの国々が取ってきたごく普通の姿勢でもあります。
 とはいうものの外部世界からの情報は、テレビなどを通して島の人びとの目に止めようもなく入ってきます。その一方で集落内の相互監視の目は従来どおりゆきわたっていて、外部と島という二つの異なる世界のあいだで激しい葛藤にさらされる若者たちの自殺率は、いまや世界中で最高レベルに達しています。
島の子どもたちはテレビや雑誌などを通して外の世界のことをよく知っています。でもじっさいに外の世界に出ていくことができ、なおかつそこに適応できるのは、ごくごく限られた少数の子どもたちだけです。
(角鹿康武氏撮影)
オオコウモリのスープ。海洋島に住む数少ない固有ほ乳類であるオオコウモリは、島の人にとってなによりのごちそうです。オオコウモリは樹木の受粉者として島の生態系の維持になくてはならない存在でしたが、乱獲によって急速に個体数が減ってしまいました。その代わり、ハチミツをとるために持ち込まれたセイヨウミツバチが野生化してあちこちを飛び回っています。
 この島を訪れる外国人のうちのいったいどれほどの割合が以上のことを了解しているでしょう。日本などにおいて、この島は相変わらず「南の楽園」として宣伝され続けています。観光客は自らが属する集団の価値観にもとづいてこの島を体験し、「自然と共生する純朴な人びとの住む美しい島々」を賛嘆してやみません。観光によって金を得ようとする島の人びとは、そうした虚構の世界を支えることで彼らの生活を維持しようとし、そうした機会の得られなかった他の人びとによって非難されもします。しかし非難する方も、外部とのつながりができさえすればその態度を変える準備はいつでもできているのです。
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No.47  
電子顕微鏡シリーズ 12
ナノメートルの孔 −ケイソウ土−
浅間 茂
 書斎を建てようと、建設会社と相談していたら、自然素材としてケイソウ土を勧められた。吸放湿性能がある、シックハウス防止になる、健康によいなどとパンフレットに書かれている。ケイソウ土は植物プランクトンのケイソウの死骸が堆積して化石化してできたもので、古いケイソウ土は完全に風化して白い泥土となっている。ケイソウは植物プランクトンの中で最も豊富に見られる。単細胞生物でほとんどが0.1mm以下の大きさである。ケイソウが出現したのは高等植物と同様に中生代の中頃である。ケイソウの中身が石油に、外の殻の部分がケイソウ土に、言い換えれば燃えやすい石油と火に強いケイソウ土という二つの資源になったと考えられている。埋蔵量は約8億トンと推定されており、海水産と炭水産のケイソウ土がある。ケイソウ土はいろいろなものに利用されている。生ビールは酵母菌が生きたまま残っているビールをいうが、そのままでは発酵してしまうので、低温保存をしてすぐに飲まなければならない。生ビールにケイソウ土を混ぜると酵母菌がケイソウ土の凹凸に付着し大きな固まりとなるため、それを濾過すると、酵母菌のいない常温で保存できるビールができる。それも熱処理していないため生ビールといっている。このようにビールの濾過材、脱臭剤、コンロや耐火レンガの原料、輪島塗りなどの下塗材などに利用されてきた。
 ケイソウ土の主成分はケイ酸であり、ナノメートルのレベルの孔を持つから吸収性・吸着性に優れている。ケイソウを電子顕微鏡で見ると、堅いケイ酸質の殻で被われ、小さな孔が多数開いている。ケイ酸質の殻で被われているために、物質の出入りのために小さな孔が多数必要なのだ。建設会社から4種類のケイソウ土を分けて貰い、電子顕微鏡で観察した。そのうちの一本は2種類のタルケイソウが容易に観察できたが、残りはごくわずかしか入っていなかった。ケイソウ土を壁に塗り固化させるには、固化剤を混ぜる必要がある。大半は合成樹脂を混ぜており、ケイソウ土といってもそれに含まれる実際の割合は、数%から数十%まで様々である。
写真1. タルケイソウの一種a 写真2. タルケイソウの一種a
写真3. タルケイソウの一種b 写真4. ナノレベルの孔
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No.46  
「ガラパゴス」にはならなかった島

―その3.人間の上陸―

高橋敬一
 現生人類の祖先がアフリカを出たのはおよそ7万年前のことですが、かれらの子孫がやがてアジアに到達し、さらに太平洋へと進出をはじめたのはわずか4千年ほど前のことにすぎません。人びとは大型のカヌーにタロイモの苗、ココヤシ、イヌ、ブタ、ニワトリ(そしてネズミ)などを詰め込んで、用心しいしい、おっかなびっくり、広大な海へと乗り出していきました。
 運よく島にたどりついた人びとは、まずは島の先住者である海鳥など、人を恐れることを知らなかった生き物を次々と捕獲し、絶滅させていきました。とはいえ海の生き物への影響は陸上の生物ほどではありませんでした。当時の漁獲方法で海の生き物を根絶やしにするのはとうてい不可能だったからです。
 狩猟のかたわら、人びとは島の開墾にも着手しはじめました。太平洋の島々に住むのは海の幸に依存する「海の民」であると一般には思われていますが、じつは彼らの祖先は農耕民族で、いまもなお農耕民族であり続けています。主食はタロイモであり、魚など、どちらかといえば副食にすぎません。とうぜんのことながらこうした農耕民族が住み着きはじめるとすぐに、島の狭い陸上風景は一変し、切りひらかれた密林には家屋が立ち並び、ブタやニワトリがはなされ、ココヤシやタロイモも植えられて、私たちがイメージする現在の「南の島の風景」が形作られていきました。
太平洋の島々へ上陸した人たちは農耕民族で、(日本における日本人同様に)次々に森を切り開いては畑や住居に変えていきました。島には人間到着以前の面影はもはやみじんもなく、草地と化した場所にはいくつかの遺跡も点在しています。
 海中を比較的自由に移動することができる海の生き物に比べて、島の陸上生物には固有種も多く、小さな目立たないグループのいくつかはいまも人びとの目にふれにくいところでそっと生き続けています。わたしが住んでいた島でも、いまだに数多くの新種を発見することができましたが、その一方で、人間の登場によってこれまでどれほどの数の生き物たちが消えていったのかは、いまとなってはもはや想像にゆだねるしかありません。
いかにも熱帯らしいココヤシとつる植物ですが、いずれも人間が持ち込んだものばかりです。ホテルの庭に植えられた色とりどりの花も、もちろん島の外部から人間によって持ち込まれたものです。でも温帯以北からやってきた観光客にはそんなことは分かりません。いかにも南国らしい風景に感嘆の声をあげるばかりです。
 いま島を訪れる観光客はこうした事情をまったく理解していません。のみならず、島で生まれ育った人たちにしても、もうすっかり変わってしまったいまの風景を本来の島の風景だと思い込んでいます。外から訪れた学者の中にも、この風景こそが本来の島の風景であると思い込んでいる人がいて驚いたことがあります。
 私たちは何ごとも自らの短い人生経験にもとづいて判断します。たとえ、はなはだしい自然破壊の末に現れたいまの風景であっても、そこにココヤシのゆれる砂浜や色とりどりの魚の住むサンゴ礁さえあれば、観光客にも、そして島の人にとってもそれで十分なのです。そしてこれこそが人間が生きることの真の意味であり、宿命でもあります。
 私たちが持つ善意、正義、理想といった、人間を尊い存在にしていると称される一群の基準ですら、ほんとうのところは自分ばかりに都合のよい「言いわけ」にすぎません。残念ながら、私たちがそうした事実をすなおに受け入れることはどうしてもできません。何不自由ない国で育ち、自然の守護者を自認している人たちにおいてはなおさらのことでしょう。
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No.45  
「ガラパゴス」にはならなかった島

―その2.生き物たちの到着―

高橋敬一
 太平洋にある島々のほとんどは、海底火山の活動によって海の上にひょっこりあらわれた島ばかりです。こういう島を海洋島(あるいは大洋島)とよびます。大陸から分かれてできた琉球列島などのいわゆる大陸島では、島が大陸からはなれるときすでにかなりの生き物が島のなかに住んでいますが、海洋島のばあい、なんらかの方法で海をわたらないかぎり、いかなる生き物も島に住むことはできません。要するにたとえ同じ島であっても、大陸島と海洋島の生態系はまったく別のものとして考える必要があるということです。
浜辺に打ち上げられた流木。
こういう流木の内部にたまたまひそんでいた昆虫が、海流によって分布を広げていきます。
 人間でしたら船や飛行機を使ってあっというまに世界中どこへでも行くことができますね。でも人間以外の生き物はそういうわけにはいきません。羽のある生き物ですら海の上を休むことなく、そして食べものもないまま長時間飛びつづけるのは困難です。結局、うまく気流にのったり、あるいはまた流木のなかにひそんでいた生き物などのうち、ごくごくわずかな数だけがなんとか生きて島にたどりつくことになります。しかもようやく島にたどりついたところで、そこに結婚相手のオスやメスがいなければ子孫をのこすことはできませんし、だいいちたべものがなければ自分が生きのこることすらおぼつきません。海洋島に住みついた生き物たちの祖先は、このようにたいへんな苦労と幸運の結果生き残ることができた、ほんのひとにぎりの個体なのです。
 けれども悪いことばかりではありません。いったん繁殖できるようになれば、そこは競争相手や敵も少ない文字通りの楽園です。敵がいるためにこれまで住めなかったような場所にも勢力範囲を広げ、近縁でありながらも少しずつ異なる数多くの種類へとすみやかに分化(進化)していきます。
 ダーウィンがガラパゴス諸島で出会ったのもそうした生き物たちでした。ダーウィンはこの現象を考えぬいていくうちに、あの有名な進化論にたどりついたのです。
 海洋島は、大陸などにくらべればどれも生まれたばかりの「若く、危うく、そして脆い」島々ばかりです。それだけではありません。そこにすむ生き物ともども、あっというまにまた海のなかに消えていく運命にあります。
 地球の歴史は46億年。この長い年月のあいだにそれこそ無数の海洋島が現れては消え、同時にたくさんの固有種が生まれては島と運命を共にしていったことでしょう。そしてじつはそれはなにも海洋島にかぎったことではないのです。地球の歴史はわたしたち人間が思っている以上に、たえまない大きな環境変化をこうむってきました。地球規模の環境変化によって生物の大量絶滅が起こるたびに、それをきっかけとしてまた新たな大進化が引き起こされてきたのです。わたしたち人間も恐竜の絶滅と引きかえに生まれ、やがては他の生き物と同じくほろびさっていく運命にあります。もちろん、人間がそのことにやすやすと同意するとは思えません。むしろ手を変え品を換え、自分に都合のよい論理を持ち出してきては今後も地球環境をいじくりまわし、なんとか生き残りをはかろうとすることでしょう。じつをいえば自然破壊も自然保護も、「自分保護」というひとつの立場を別々の名前で呼んでいる「地球環境のいじくりまわし」にすぎないのです。
アリの巣にすむナガカメムシの一種。
世界的にみても、アリの巣のなかにカメムシが住んでいるというのはとても珍しいことです。
(高井幹夫氏撮影)
  オオメカメムシの一種。
(高井幹夫氏撮影)
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No.44  
電子顕微鏡シリーズ 11
空を漂う −マツ花粉−
浅間 茂
 北半球の寒帯に広く分布するマツ科の多くの植物は、大きさや形は様々であるが気嚢を持っている。古生代石炭紀のシダ状種子植物のステファノスペルマムは、花粉の周りを浮き輪のように気嚢が取り囲んでいる。これがマツ科の気嚢の始まりであると考えられている。この気嚢が二分されて、現在のマツ科の2個の気嚢になった。進化するにつれこの気嚢も小さくなってくる。この気嚢は空を漂うための浮力を増すだけでなく、乾燥時には花粉から水分が出て行く発芽溝をふさぐ役目も果たしている。これらの気嚢の電顕の写真を見ると、小さな孔が空いている。この孔を通って空気が出入りする。
 4月末に雨が降ると水たまりの周りにはびっしりと黄色いマツの花粉が縁取っている。このマツの花粉にはツボカビがつくことが報告されている。この水たまりの中でツボカビがいて、花粉にとりつくのだろう。カエルにツボカビがついて、カエルがいなくなるのではと騒がれたツボカビである。植物プランクトンのケイソウにもツボカビがつく。
 10月末には同様にヒマラヤスギの花粉が見られる。スギという名前がついているが、マツ科である。マツカレハが大発生してはじめて、ヒマラヤスギはマツ科と気づいた。花粉はクロマツ・アカマツのマツ属と大きさと形が異なっている。ヒマラヤスギは気嚢が大きく、なだらかに出ている。
 ヒメコマツはゴヨウマツのことであるが、千葉県内は最も高い山で400mほどしかないので、本来分布すべき標高ではない樹木であるが、尾根筋や崖地に生育している。近年枯死が目立っており、千葉県内では100本以下と推定されている。寒冷期の生き残りで、温度が上昇しても高い山への逃げ場がないため、ほそぼそと生きながらえている状況である。クロマツやアカマツと花粉はよく似ている。
 マツ科だけでなくマキ科も気嚢を持っている。マツ科の中でもカラマツなどは気嚢を持っていない。このように空中を漂うマツ花粉であるが、スギ花粉と比べると、抗原性が少なく、花粉症を引き起こすことは少ない。
クロマツの花粉 アカマツの花粉
ヒメコマツの花粉 ヒマラヤスギの花粉
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No.43  
「ガラパゴス」にはならなかった島

―その1. まなざしのちがい―

高橋敬一
 今回の写真をみて「あれ?」と思われましたか? じつはきょうから5回に分け、太平洋にある「ごく普通の南の島のお話」をします。より正確にいえば「ごく普通の南の島のほんとうのお話」です。「え? 何それ?」っていま思われましたか?
 日本でも、新聞や雑誌などのなかに、ときどき南の島の写真がでてきます。そしてそこには「南の楽園」とか「天国に近い島」とか書いてあります。日本人がじっさいにそこへ行って何かを見たりしても、ともかくも南の島は楽園であり天国であるというイメージがあるものですから、「ああ、わたしはいま楽園にいるんだ」とか思って、たとえ目の前に何かわけの分からない光景がよこたわっていても、それはあっさりわきへどけておき、エアコンのきいた部屋のベッドにあおむけに寝ころんで、「やっぱりここは天国だぁ」なんて思ったりします。日本へ帰ってきても、サンゴ礁の海やココヤシのゆれる砂浜やホテルの部屋から見た夕日の写真なんかを友だちに見せては、「よかったよぉ」なんて言ったりします。もちろんそれはそれでいいのです。それはあるひとつの独立したりっぱな経験であって、人は一つの現実において様々な解釈を同時にもつわけにはいかないからです。なによりたいそうなお金をはらってやってきたのですから、本人がどう感じようとそれはまさに権利としてほしょうされてしかるべきなのです!
 「なぁんだ、そんなことか」って、いま鼻先で笑われませんでしたか? 
理想的な「自然と共生する楽園の光景」です。でもけっきょくのところ、この鳥は少年の晩ご飯のおかずになってしまいました。
 では「ほんとうのお話」にもう少し踏みこんでみましょう。要するにごく普通の南の島(島の名前はナイショにしておきます)で、観光客用に用意された風景や、島の人が訪問者に喜んで話す壮大な理想や、ラジオから垂れ流される大演説や、道路上の横断幕に書かれた大スローガンや、パーティーで見せるとびきりの笑顔や、うまい金儲けの話などを、わたしたちは決して安易に信じてはいけないということです。
 わたしがお話ししたいことはそういうことです。つまりわたしたちは、わたしたち特有の「ある先入観」をもって南の島へ行き、わたしたち特有の「ある意向」というものにのっとって島という世界を了解するのです。でもそれは、そこに住んでいる人たちや生き物たちが了解している世界とは、じっさいだいぶ違うものらしいのです!
 さらに、島に住んでいる人たちが、彼らが考え、感じ、信じていることについて正直にわたしたちに話してくれるとは限らないのです(まったく、じつに、「限らない」のです!)。なぜならば正直に話してしまうと都合の悪いことが起こるからです(まったく、じつに、「都合の悪いこと」は起こるでしょう!)
 今回の連載の題名は『「ガラパゴス」にはならなかった島』としました。この題名にした理由は連載のさいごにお話しすることにいたします。
じつのところ、そこに住む人にとって島は海に囲まれた「監獄」です。どこにも逃げ場がありません。
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No.42  

幹に実が着くジャボチカバ

(Jaboticaba,Myrciaria cauliflora BERG) 鈴木邦彦
 ブラジル南部のウルグアイに近い地域が故郷だと言われるジャボチカバ (Jaboticaba) は、日本ではまだ余り知られていない。しかし、白く香りが良い可愛い花やブドウの巨峰のような美味しい果実が幹に鈴なりに着くという珍しい植物である。霜が降りるような冬の気温が低い地方では、鉢植えにしてインテリア植物として利用することができるため、今後利用価値が高まると考えられる。
 ジャボチカバという名前は、南米のインディアンが使うツーピー (Tupo) 語で「亀の脂」という意味だということだが、その理由はわからない。亀の肉を食べたことはないが、果肉の食感が似ているのかも知れない。
 種まきや挿し木で簡単に殖やせるが、幹がある程度の太さにならなければ花芽が着かないので、実生(種まきによって殖やした苗)ではすぐには果実を楽しめない。挿し木でも太めの穂木を使用する方が早く花を着けるようになる。接ぎ木は簡単で、むしろ実生の台木に太い枝を接ぎ木する方が得策かも知れない。
ブドウに似た果実が鈴なりになる。
 時には枝先に花が着くこともあるが、ほとんどの場合、幹や太い枝のめくら(盲)芽からつぼみを出す。1芽当たり数個の白くて4弁、中央に雌しべがあって、その周りにたくさんの雄しべが叢生する花を着ける。一斉に咲くと、幹全体に花を貼り付けたような状態になる。果実は初めは緑色だが、熟すと光沢のある黒紫色の果実を鈴なりに着ける。熟した果実の中には1〜2個の種子がある。果皮はぶどうよりも強く破れにくい。果肉は半透明で甘酸っぱく、おいしい。ただ、収穫した果実は長く鮮度を保つことは難しい。生で食べるか、ジャムなどに加工すると良い。
 種子は取り蒔きをすると良く発芽する。肥料分を含まない土に種子を並べて薄く土をかける。細い芽が出てくるが、一つの種子から一本だけとは限らない。2〜3本出てくるのが普通である。これは、多胚性といって、一つの種子の中に数個の胚が形成される。充実した胚からそれぞれ芽が出て一本の苗になる。一卵性の二つ子、三つ子という感じで芽が出てくるので、新しい苗木は親に似た性質を持つのが普通である。
挿し木は、6〜7月頃、新しく出た枝の成長が止まり、葉が堅くなった頃に行う。枝を5節ほどの長さで切る。葉は対生(2枚ずつ対に生える)するので先の方の2節に葉を残し、根元に近い方の葉を取り除く。根元の節の下で切り返し、挿し穂にする。切り口を発根促進剤の粉にちょっと着けて土に挿す。種子を播く場合と同じ様に肥料分のない挿し木用の土が良い。最初は日陰に置いて水を切らさないようにする。根が出ると芽が伸び出すので時期を見て鉢に上げる。
 冬が暖かい地方では、ビニールハウス内であれば加温しなくても冬を越す。大きくなった樹は-1〜-2℃くらいまでは寒さに耐えることができる。それよりも寒い地方では、鉢に植え、冬は家の中に入れる方が良い。日当たりの良い南向きの居間などに置けば、十分に冬を越すことができるし、5月頃になると甘い香りの花が次々と咲き、開花後40〜45日ほどで濃い紫色に熟す。一年中家の中に置いても生育するので、インテリア植物として観賞しながら育てると楽しい。

ハウス栽培で結実した状態。

たまには枝先に果実が
着く場合もある。

花が咲いた鉢植え。

幹に白く小さい花が着く。
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